長崎地方裁判所 昭和40年(ワ)286号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕<証拠>によると、原告が被告に対し本件索道の撤去を要求するに至つた経緯は次のとおりであると認められる。即ち山口喜一は本件土地を含むその他の土地を昭和三九年六月ごろ宮島醤油株式会社から買い受けたが、資金に不足を来したので、同月下旬本件土地につき原告との間に転売契約を結び、原告は山口に手付金を交付すると共に一応現地に臨んで索道との関係を調べてみたが、密生した樹木に遮られて目的を果さなかつた。その後八月中旬ごろ原告は、本件土地を宅地に造成する工事の係りから、索道が本件土地の真上を通ることを初めて知らされ、その後間もなくして被告会社の技術員である山下勝美から、索道下の土地については法規上、巾一四米の範囲内に建物等は建築出来ぬことになつている旨を聞かされ、更に九月上旬被告会社から乙第三号証の四の承諾書写しの送付を受け、被告会社がもとの所有者宮島醤油株式会社から本件土地のうち索道下の部分の使用につき承諾を得ていることを知るに至つた。原告は、索道下に索道建築が出来ない旨を知らされて本件土地の宅地造成工事を中止するの己むなきに至つたため、その前後三、四回に亘り、山下に対し事態の解決を要望した。然し一向に進展をみなかつたので、翌一〇月初旬被告会社を尋ね、常務取締役大野寅之助や右山下に会い、事情を訴えたところ、善処するとの返事であつたが、その後何等具体案の提示もなかつた。そこで原告は被告会社には事態解決の誠意がないものと判断し、索道撤去を求める決意を固めるに至つたものである。≪中略≫右認定の事実によると、本訴提起に至つた原告の心情も理解出来ぬではなく、また原告は、折角従業員住宅の敷地として買い求めた本件土地が、索道の存在のため本来の目的に使用出来ないことによれば、それまでの宅地造成工事の費用も無駄となり、他に適当な代替地を求めねばならぬから(本件土地の売買を解除したところで、売主山口は前認定のように、資金不足を補うため一旦買い受けた本件土地を原告に売り渡したのであるから、解除の実を挙げ得るか疑わしい。)そこに何等かの損害を蒙ることは明らかである。然し他方<証拠>によると、被告会社の索道は全長一粁余にわたつて架設されており、原告が本訴で撤去を求めているのはそのうち山麓に位置する約八〇米位の部分であるけれども、右索道は構造上直線に架設されなければならないように設計されているため、そのうち一部分のみを撤去して別な場所に移動することは技術的に不可能であり、強いて撤去するとせば索道全部を撤去して始めから別な場所に架設し直さなければならず、そのためには撤去の費用も含めて約金二億二八六万六〇〇〇円もの莫大な出費を要することが認められる。しかも、前掲甲第三号証によると索道が通過しているために原告が利用を妨げられるのは本件土地のうちの一部分にすぎないから、両者の損害を比較するとき、索道の撤去により被告会社の受ける損害は、索道の存置により原告の受ける損害にくらべて遙かに大であることは容易に推定できる。尤も本件索道の如き恒久的施設を建設する被告会社として、索道線下の土地について単に所有者から使用の承諾を得るに止まらず、その権利関係につき第三者に対抗し得る措置を構じておくべきが当然であるにも拘らず、被告会社はこれを怠つたものであり、また本件索道が鉄道の如き公共施設と直ちに同視出来ない観光施設に過ぎないものである以上、同会社は右の損害を甘受すべきようにも考えられる。然し<証拠>によると被告会社の経営状態は現在も赤字で設立当初においても索道通過に必要な土地を買い受ける丈の資力は全くなかつたこと、被告会社は索道の架設に当たり、索道規則の要求する土地使用と上空通過に対する承諾を得れば十分であると考え、使用権を第三者に対抗し得るかとの問題にまで考え及ばなかつたことが認められる。そして索道は人家から四米以内には架設出来ないことを定めた前述のような法規が存在することからいつて、被告会社が、既にその上空に索道が架設された後において、その土地を買い受ける者があろうとは思わず、その結果右の対抗問題を念頭におかなかつたとしても、一概にこれを責めることは出来ない。他方原告本人尋問の結果によれば、同人は本件土地買受前において、索道下には一つも人家のないことを知つていた以上、事前に買受土地が索道下に当たるかどうかを確かめ、索道規則との関係を調査して然るべきである≪中略≫。ところが原告はそのための十分な調査を尽くさなかつたのであるから、同人には、その調査不十分から生じた不利益を課せられても己むを得ないものがある。とするならば、先にのべたように原被告双方の蒙る損害に著しい差異があり、又原告が、被告会社において索道を運行すること五年の後に至り本件土地を買い受けた事情のもとにおいて、なお原告が被告会社に対し索道並びにその付属施設である電話線支柱の撤去を求めることは権利の濫用であつて許されないと解すべきである。(福間佐昭 右川亮平 野村利夫)